パート4:始まり

どの旅にも始まりがあります。

私たちの旅はGenesis(「創世記」)に始まります。聖書の中の最初の本です。Genesisという言葉は「始まり」を意味します。そこでは、最初の男であるアダムが神と身近に歩んだことがどういうことであったかを垣間見ることができます。神は、アダムを深く愛し、アダムはその愛に暖かく応えました。二人はその関係の中で経験した互いの率直さ、信頼感、そして友情を大いに喜びました。

仕事も今日とは違ったものでした。生産的で充足感があり、ストレスや心配、腐敗や倫理的堕落はありませんでした。

しかし、悲しいかな、楽園は短期間で終わりました。そこで起こったことは、私たち一人ひとりの人生に影響を与えました。

アダムが誘惑に乗って神に反抗したことにより、人類は致命的な欠陥を受け継ぐことになったことを私たちは聖書から学んでいます。問題はアダムが神との初めからあった特別の絆を捨て、一人で歩むという選択をしたところにあります。その時から、アダムとイブの子どもたちを含めた人間の性質が、暴力、強欲、嫉妬、嫌悪や反逆といったものに支配されるようになってしまったのです。聖書は、これを「罪」と呼んでいます。その結果は、死なのです。

旧約聖書には、人間の罪との闘いとその帰結についての記述があります。神は、この堕落した性質を覆う一時的な方法を示しましたが、それでは人間の本質は何も変えることができません。そのまま続くのです。時間の経過や、高度な教育、科学的な発見、経済的繁栄など、どれもこれを変えることはできません。人間のこの「堕落した」性質はアダムの時代から何も変わっていないのです。

アダムを通して罪が人間に入ってからすぐに、神はこの決定的な欠陥を直す人の到来を予告しました。神は、この人はヘブライ人から出るのだと言いました。それから何百年という間、ヘブライ人の預言者たちは壊れた関係を修復する方について語りました。

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