パート11:一生の旅

一度しっかりした霊的な基盤ができると、私たちは、神が私たちに約束した新しい人生において成長していくことができます。聖書は、これを「キリストにおいて成長する」と言います。私は、それが一生のプロセスであるとはっきり言うことができます。

神の意図は、私たちが新しい信者として今までとは違った人になることです。私たちは、いわば「改築中」なのです。私たちは、中味をすっかり入れ替えられています。この改築の主任設計者は神自身です。彼は、愛の父として私たちの横にいて成長を助けてくれるのです。

私の経験や他の人の成長を見ると、ある劇的な新しいパターンが見られます。有害な習慣は変わります。態度、考え方、言葉遣いが皆新しいレベルに変わります。動機もチェックされます。私たちは、「いったい何故あのようなことをしたのだろう」と自問します。神は、異なった行動をするように教えてくれ、私たちは前に進みます。

このプロセスの繰り返しです。自分本位は仕えることに変わります。他の人との人間関係は回復します。反感、ねたみ、憎しみ、嫌悪などの気持ちは減り、愛が増します。新しい喜びを感じます。一夜にしては変わりませんが、着実に進歩していきます。変化が深いところで起こっているのです。それが本当だということがわかります。キリストが私たちの中にいるのですから、私たちは本当に新しい生き物になったのです。

こうした内面の変化はやがて目に見える形で現れてきます。新しい信者は、キリストを信じる人たちと一緒にいたくなります。私たちは一人ではないのです。新しい仲間と互いに信頼、愛、尊敬の絆が出来ていきます。

神自身の言葉である聖書は、私たちの新しい友になり、関わりが深まり、そしてより理解できるようになっていきます。イエス自身の存在を示す聖霊に出会います。もし私たちが心を開けばそれは信じられないほどの道案内になることがわかります。

しかし、新しい関係には制約もあります。神は聖なる方ですから、何でもいいというわけではありません。彼は、礼拝され、崇められ、そして従われなければなりません。彼が私たちのために定めた高い基準を、私たちが喜んで受け入れると、それは私たちのためになるということがわかります。実際、彼が私たちのために与え、行うことは、皆良いことなのです。

キリストにおける私たちの新しい人生は成功ばかりが続くわけではありません。新たな挑戦もあります。古い習慣や古いものとの関わりが急に変わるわけではありません。衝突もあります。私たちに反対してくる霊的な力さえも存在します。そうした時、私たちは疑い、落胆することがあります。

しかし、今の私たちは違っています。私たちは一人ではないからです。イエス・キリストと新しい生きた絆が出来ているのです。彼が先頭に立ってくれます。私たちは後について行くのです。私たちの信仰は新しい土台に乗っています。その土台がキリストです。彼のこの言葉は何とすばらしく、元気づけられるでしょうか:「わたしは、決してあなたから離れず、決してあなたを置き去りにはしない。」

新しくなった人生はやがて私たちや私たちが行う全てに影響を及ぼします。アダムが堕落する前に経験した神との関係を思い浮かべてみましょう。また、神は、私たちの仕事においてさえもそのような関係を回復させたいと思っているのではないでしょうか。ハーバード・ビジネス・レビューのインタビューで、ある経営者がこのように言っていました。「私たちには出来ないと知りながらも、私は職場をエデンの園にできるだけ近づけたいと思っている。私は、諦めたくない。」(Harvard Business Review、Jan-Feb 1999)

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